『グレート・ギャツビー』読了。海外の小説(ましてや現代と時代設定が異なっている場合など!)を読み通すのはけっこう苦手なので、なかなか手強くて時間がかかったけれど、それだけに読後の満足感も多かった。
最後の第九章は、ほぼ後日談という趣の章だったのだけれど、文体が非常に端正でこの小説を美しく感動的に締めくくっている。ちょっとだけ泣きそうになるほどに! 訳者である村上春樹にとっても、冒頭と結末の描写は息を呑むほどすばらしいらしい(訳者あとがきより)。というか、村上春樹が自らの小説で目指している描写の理想型がこのフィッツジェラルドの小説にあるのかもしれない。
「ああ、それからあなた、覚えているかしらーー」と彼女は付け加えた。「下手な運転について、私たちが話したときのことを?」
「さあーーどんな話だっけね?」
「不注意な運転をする人が安全なのは、もう一人の不注意なドライバーに出会うまでだって。それでどうやら私はもう一人の下手なドライバーに出くわしたみたいね。そう思わない? こんな的はずれな思い込みをするなんて、不注意だったわ。私はね、あたなは正直で曲がったところのない人だと見ていた。そしてあなたもそのことを密かに誇りにしていると思っていた」
「僕は三十歳になった」と僕は言った。「自分に嘘をついてそれを名誉と考えるには、五歳ばかり年を取りすぎている」
打ち合わせのため仕事をやや早めに抜け出す。エレベーターを待っていると普段はほとんどしゃべらない受講生が僕を指差して「メタボ、メタボ」とつぶやいた。シュール。
暑い最中に市ヶ谷に向かう。一時間ほどの打ち合わせを終えて、四谷から半蔵門を経由して九段方面まで歩く。靖国神社の向かい側のスペイン料理屋で夕食をとる。靖国神社は「みたままつり」。
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